自分が知らない情報を耳にした時、
多くの人が懐疑的に受け止めます。

そんな時「それって本当…?」と少しでも思ったのなら
それを、ただ「わからない不安」として放っておかず、
自分なりに調べ、理解し、突き詰めてみませんか。

このご時世、便利な事にネット環境が整っている場所であれば
何が本当なのかわからないくらいの情報が
検索ひとつで舞い込んできます。

誰も「これが正しいよ」とは、示してはくれません。
誰も導いてもくれません。

また、
白黒ハッキリした答えばかりではありません。
誰かは「正しい」と言い、
誰かは「間違いだ」と言うでしょう。

大切なのは
その集めた情報のひとつひとつを
論理的に見定め、冷静に考えをめぐらす事。
何を信じるかは、自分次第。

正義と悪だけでは振り分けられない、不安定なグレーな気持ちを
抱えることにもなると思います。

でも、「知った」以上
もう最初の無責任に「わからな〜い」を言えるラインには立っていません。
疑問に感じた事象に対して、より深く関心の目を向けているじゃないですか。

それは意識が変わった瞬間です。

それこそが、第一歩だと思うのです。

世の中を変える、そんな事は軽々しく言えることではなく
簡単な事ではないのも重々承知です。

だからまずは、ひとりひとりの
意識を変えることから始めませんか。

今まで知る事もなかった・知らされていなかった情報を得て、
どう思ったか。だからどう動くのか。
どの道を選び、なにを支持するのか。

これからこの国が良くなるのも悪くなるのも
変えられるのも変えられないのも
自分たちにかかっています。


わたしは今回の震災をきっかけに
自分の平和ボケっぷりと
認識の足りなさに、愕然としました。
憤りました。
そして
無関心の怖さを知りました。


「知った」以上、日和見主義にはなれません。
勉強し続け、考え、動いていきます。

そして
今はただ、ただ
再臨界しませんようにと、祈るばかりです。


現代ビジネス/外国人記者が見た「この国のメンタリティ」
「優しすぎる日本人へ」